アラフィリップ失速するもバルデが2位に。名将ギマールの手腕とは?

ロマン・バルデは「2位という成績に満足することはできない。けれども、フランスチームは勇気と自己犠牲の精神で、素晴らしいレースをすることができた。」と語った。

オーストリアのインスブルックで開催されたロード世界選手権男子エリートロードレース。獲得標高は4600mを越え、250km以上にわたって走り続けてきたバルデに、スプリントでアレハンドロ・バルベルデを倒す力は残っていなかった。バルデは紛れもない敗者ではあるが、個人成績をチーム単位で争うサイクルロードレースにおいて、フランスチームの走りには確かな手応えを感じていたようだ。

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「ジュリアン(・アラフィリップ)をベストポジションに運ぶ作戦だったけど、彼は脚をつって遅れてしまった。」とも語っており、フランスチームの最終的なエースはアラフィリップだったことがうかがい知れるコメントだった。

アラフィリップ、バルデだけでなく、ティボー・ピノを含めた3人がフランスのエースといわれていた。エース乱立ともいえる状態は、チームの混乱を招きやすいが、フランスチームは選手それぞれが自分の役割をしっかり理解し、適切な場面で適切な動きを遂行した結果、先頭集団に自分たちのチームの選手を送り込むことができた。結果は2位であれば、戦略的成功を収めたことは確かなのだ。

それはバルデ、アラフィリップ、ピノら選手それぞれが自主的にお互いを支えようという決断をしたからだろうか。

筆者は、フランスチームの監督を務めるシリル・ギマールの功績ではないかと考える。

ギマールが選んだメンバー

ギマールは昨年からフランス代表監督の座に就いた。70歳を迎えたギマールに監督をさせることの意味はただ一つ。フランスにアルカンシェルを持ち帰るためだ。

昨年の世界選でも、アラフィリップは終盤にジャンニ・モスコンと共に集団から飛び出し、残り2km地点まで逃げることができた。もし、追走する集団のペースが上がらなかったら、アラフィリップはアルカンシェルを獲得できた可能性が高かった。最後に集団がアラフィリップを捉えるかどうかは、もはや運の問題だ。

ペテル・サガンやアレクサンドル・クリストフといった上りに強いスプリンターに対抗できる人材がフランスにはいなかったため、集団スプリントでは勝ち目がなかった。というなかで、逃げ切りに活路を見出し、実際に逃げ切りまであと一歩のところまで迫ったギマールの采配は見事としかいいようがなかった。

我の強いエース級の選手が集う代表チームをまとめて、確かな戦略を編み出し遂行する能力の高さが、ギマールが名将である理由なのだ。

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さて、2018年の世界選はクライマー向きのコース。バルデ、ピノを筆頭に名クライマーが揃うフランスは戦力面では申し分ないが、一方でエース乱立状態によるチームの内部分裂のリスクは高かった。

そうしたなかでギマールが選んだ代表メンバーは次のとおりだ。

ジュリアン・アラフィリップ(クイックステップフロアーズ)
ロマン・バルデ(アージェードゥゼール ラモンディアール)
ワレン・バルギル(フォルトゥネオ・サムシック)
トニー・ガロパン(アージェードゥゼール ラモンディアール)
アレクサンドル・ジェニエス(アージェードゥゼール ラモンディアール)
ルディ・モラール(グルパマ・エフデジ)
ティボー・ピノ(グルパマ・エフデジ)
アントニー・ルー(グルパマ・エフデジ)

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インスブルックのコースレイアウトを見ると、「ヘッレ(地獄)」と呼ばれるラスト10km地点から始まる最大勾配28%の激坂区間が最大の勝負どころだった。長距離を走って激坂を迎えるコースといえば、レース距離200kmで最後に最大勾配26%の「ユイの壁」を上るフレーシュ・ワロンヌに向いている選手が、インスブルックのコースにも向いているといえよう。

アラフィリップ、バルデ、ピノのフレーシュ・ワロンヌでのベストリザルトは

アラフィリップ:2018年優勝
バルデ:2018年9位
ピノ:出場なし

となっており、激坂で最も実績を残しているのはアラフィリップだった。バルデも激坂への適性は高く、ピノは激坂よりもなだらかで長い上りの方を得意としていた。

「ヘッレ」を越えて、独走逃げ切りがベストであるが、生き残ったクライマーたちによる集団スプリントの展開も十分に考えられた。上りを多く含む長距離を走って、クライマー同士によるスプリント勝負になりやすいといえば、レース距離250kmで獲得標高は4000mを越えるイル・ロンバルディアに向いている選手が有利だといえよう。

アラフィリップ、バルデ、ピノのイル・ロンバルディアでのベストリザルトは

アラフィリップ:2017年2位
バルデ:2016年4位
ピノ:2016年3位

となっており、やはりアラフィリップの実績が最も上だった。

つまり、所属チームでは絶対的エースであるバルデ、ピノからしても、アラフィリップがフランスチームでインスブルック世界選に最も向いているということに異論はなかったことだろう。

改めてフランスチームのメンバーを見ると、

エース:アラフィリップ
セカンドエース:バルデ
サードエース:ピノ
山岳アシスト:バルギル、モラール、ガロパン、ジェニエス
平坦アシスト:ルー

というような役割になるのは自然なことに思えてくる。例えばバルデに対して「君はアシストだ」と言う必要はない。バルデに対しても、ピノに対しても、アラフィリップに対しても「勝利を狙おう!」といえば、自ずと自分の役割が見えてくるメンバー構成なのだ。

フランスチームがレースを掌握

レースはフランスが序盤から集団コントロールを担い、途中バルギルがメカトラから復帰する途中に落車リタイアするアクシデントに見舞われるものの、集団先頭でレースをコントロールしていた。

最終周回のイグルスの上りで、頻発するアタックに対してはガロパンやピノが対処することで、アラフィリップとバルデを温存。

集団からミケル・ヴァルグレンが飛び出して、下りでリードを築いた際は、モラールが集団けん引に加わり、下ってから「ヘッレ」の上りまでヴァルグレンとのタイム差をキープすることができた。

そして、「ヘッレ」の上りに突入すると序盤からピノが猛加速。ピノのけん引によって、集団は大崩壊。先頭のヴァルグレンに次ぐ追走グループは、ピノ、バルデ、アラフィリップ、バルベルデ、マイケル・ウッズ、モスコンの6人にまで減らすことに成功し、さらに圧倒的な数的優位を築いたのだ。

あとは、バルデとアラフィリップで揺さぶりながら、スプリント力の高いバルベルデとモスコンを振り切る、もしくは徹底的にアラフィリップを温存しながら集団スプリントに備える。などフランスチームには多くの選択肢があった。

ところが、最大勾配28%の激坂区間に差し掛かる手前でアラフィリップがまさかの脱落。先頭を引いていたバルデも、アラフィリップが遅れたことに気づかなかったほど、突然の失速だった。

たちまちフランスチームは窮地に追い込まれた。バルデはペースを緩めて、アラフィリップの復帰を待ちたいところだったが、ウッズがチャンスとばかりにアタックを決行。モスコンを千切るほど強烈な上りを見せて、勝負の行方は3人に絞り込まれてしまった。

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バルデには得意のダウンヒルで攻撃するチャンスがあった。頂上付近でわざと遅れ、バルベルデとウッズを先行させてからアタックを仕掛けたものの、あっさりとバルベルデに看破されて不発に終わる。

ウッズはダウンヒルを苦手そうにしていたが、バルベルデの下りは安定して速く、バルデがダウンヒルで攻撃を仕掛けるチャンスは失われた。

あとは最後のスプリント勝負だ。残り1kmでうまいことバルベルデを前に出したところまでは良かったが、最後のスプリントにはバルベルデに一日の長があった。

バルデは2位が精一杯だったが、走りにミスは一切なく、アラフィリップが激坂で失速する誤算はあったものの、やはりフランスチームとしては限りなくベストに近いレースをしたといえよう。

それは名将ギマールが編み出した緻密なレース戦略の結果だった。

71歳のギマールは代表監督の続投について名言を避けたが、周囲はギマールへの信頼は厚い。

2019年の世界選、そして2020年の東京五輪に向けて、名将の挑戦が続くことを期待したい。

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