マルセル・キッテルがアンドレイ・グリブコに肘鉄を喰らって流血する事件が発生。

ドバイツアー第3ステージは、大荒れのレースとなった。

延々と平坦に続く砂漠の中を走る路上では、風が強く吹きやすい。それらの風はただの強風ではなく、砂塵を巻き上げた砂嵐となる。

横風の砂嵐が吹こうものなら最悪だ。集団はエシェロンを形成し、路上に散らばる砂に滑って落車しないよう繊細なバイクコントロールが要求され、砂塵に視界を遮られ、サングラスの隙間から目に砂が入り込み、砂粒が頬を叩きつけ、口の中は砂利まみれだ。

たとえレースをしていなかったとしても、こんな状況で自転車に乗っていては誰だってイラつくし、一歩間違えればバイクのコントロールを失って落車しかねない。

ドバイツアー第3ステージでは、最悪の事態が全て引き起こされただけでなく、クイックステップ・フロアーズのマルセル・キッテルが、アスタナのアンドレイ・グリブコに肘鉄を喰らって、割れたサングラスで目元を切ってしまい、流血する事件が起きた。

幸いなことに、キッテルは縫うほどの怪我には至らなかったようだった。応急処置後は出血が止まり、トップ集団と同タイムでフィニッシュしている。

一方で、レース後に様々な状況を審議した結果、グリブコはレース失格処分とされた。

キッテルは「6ヶ月間出場停止」を要求

レース後に、自身のTwitterに見解を述べていた。

「グリブコの謝罪を受け入れるつもりはない。なぜなら、殴ったことはサイクリングとは関係ないことだから。グリブコのやったことは、美しいスポーツにとって恥ずべきことだ。」

と激怒していて、グリブコを非難している。

また、レース後のインタビューで、キッテルはグリブコに6ヶ月間の出場停止を要求しているとのことだ。

※参考:Kittel calls for Grivko to face six-month ban for punching sprinter

これほどキッテルが怒るのには、ただ殴られたからではない。

こめかみのあたりを切っているが、あと数cmズレていたら眼球を切っている恐れがある危険な場所だったのだ。あわや失明しかねないという、選手生命の危機を感じただけに、キッテルがキレるのも無理はない。

激おこツイートをした直後には、自分の顔をボクサーに当てはめた画像をツイートしている。

「グリブコのことをググったら、体重70kgだそうじゃないか。おい、あんたの限界を知れ!」とのことだ。

70kgの人が殴ってきたら、大事だよと言いたいのか、キッテルは86kgあるので喧嘩する相手を間違えているぞ、と言いたいのか、はたまた冗談っぽい画像で和ませようとしたのか、キッテルの真意ははかりかねる。

何にせよ、キッテルはグリブコに殴られた被害者だと主張しているようだ。

グリブコは先にキッテルが仕掛けてきたと主張

一方で、グリブコは自身のFacebookに、キッテルとの出来事についての見解を述べている。

※参考:Andrei Grivko の投稿

自己流に訳してみると、

「スプリントまで残り3kmの地点で、(お互いの身体がぶつかり合うような)激しいポジション争いが起きることは正常なことだと理解している。しかし、今日のような厳しい気象条件のなかで、ゴールまで残り100kmの地点で激しいポジション争いをすることは、選手に多大な危険をもたらす。

今回は、キッテルの方から私と私のチームメイトのドミトリー・グルージェフを肩で押し込んできて、非常に緊張した危険な状況を作り出し、私の落車や集団内での大クラッシュの原因になりかねなかった。キッテルが攻撃的な行動をするので、私も攻撃的な行動で対応した。確かに感情的になって、サイクリングとは関係ない行動をとってしまったが、極端な状況では安全を確保するために冷静ではいられなかった。

集団内では選手全員平等であり、ポジションを守る権利も平等である。それは、有名な選手だからとか、新人の選手だからかどうかは関係ない。私たちはお互いに平等であることを尊重せねばならない。逆に、キッテルが有名な選手だから、ポジションを譲り渡すのだとしたら、全くスポーツマンシップに則ってない行為だと言える。

私がしたことは、キッテルへの攻撃ではないと断言したい。そして、キッテルが指摘したように私の体重は70kgに対して、彼の体重は86kgだ。

もう一度、レース主催者・すべてのファン・そしてもちろん私のチームにお詫び申し上げたいのだけれども、この不愉快な事件によって、私はレースから失格にされたのだ。」

と言っている。

要は『キッテルが先にぶつかって来て危なかったから殴り返したら、レース失格にされたんだけど…』と言いたいようだ。

過去のレース中の暴力沙汰の事件を見ていると、手を出した選手は軒並み処分される

2001年ジロ・デ・イタリア第14ステージでは、ウラジミール・ベッリが沿道の観客の罵声にキレて殴ってしまい、失格になった件。

2010年ツール・ド・フランス第11ステージでのHTC・コロンビア(当時)のマーク・レンショーが、ゴールスプリントの際にガーミン・トランディションズのジュリアン・ディーンに何度も頭突きをかまし、レースから追放されたこと。

2014年ブエルタ・ア・エスパーニャ第16ステージでは、オメガファルマ・クイックステップのジャンルーカ・ブランビッラとティンコフ・サクソのイヴァン・ロヴニーが殴り合いの喧嘩をした際は、レース中に即刻失格処分となっている。

選手同士の暴力沙汰ではないが、2016年ツール・ド・フランス第8ステージでは、チームスカイのクリス・フルームが沿道の観客を殴ってしまった際には、200スイスフランの罰金が科された。これは、旗を持ちながら走っている観客の旗を振り払おうとしたら、観客の顔面に拳がクリーンヒットしてしまったもので、故意ではないとの判断で軽い罰則で済んだのだろうか。

一方で、2016年クリテリウム・ドーフィネ第1ステージでは、コフィディスのナセル・ブアニがスプリントに向けてのポジション争いでカチューシャのアレクサンダー・クリストフに頭突きをかましていたが、こちらはお咎めなし。

ポジションを守るため、自身の安全を守るために身体をぶつけたり、頭突きをすつことは、ある程度は容認されるということなのかもしれない。そう考えると、2010年のレンショーの処分は重たいように思われる。

また、2010年ツールの第6ステージ終了後に、ケースデパーニュのルイ・コスタとクイックステップのカルロス・バレドが、フロントホイールを使った殴り合いの乱闘を繰り広げたこともあったが、レース外での出来事だったためか、お互いに400スイスフランの罰金という処分で済んでいる。


Fight breaks out after Tour stage 6

処分の明確な基準が曖昧であるように思えるが、一般的には殴る・肘鉄・頭突きなど分かりやすい暴力行為は何かしらの処分が下されやすいように思える。

今回、グリブコが「攻撃的な行動に攻撃的な行動で対応した」とあるように、気象条件が悪い不安定な集団内で、ポジションを守るために身体をぶつける行為は暴力行為ではないのか?という問題提起をしていうようにもとれる。

キッテル側からすれば、わざと身体をぶつけたのではなく強風にあおられてぶつかってしまったのかもしれない。だから、グリブコの言うように「攻撃的な行動」ではなかったことも十分考えられる。客観的に、攻撃の意思があったかどうかを確認することは難しい。

とはいえ、グリブコのFacebookに書いてあったように、もしキッテルがぶつかってきたことで集団内で大落車が起きていたとしたら、どうだろうか。落車によって、選手生命を脅かしかねない大怪我を負う可能性は十分になる。キッテルがこめかみを切って失明の危機を感じたように、グリブコたちもキッテルに押し込まれて、己の危機を感じたことであろう。

ゆえに、キッテルだけが被害者という論調で、グリブコより圧倒的にフォロワー数の多いキッテル自身のTwitterで非難されたことに対して、グリブコの怒りが収まらないことには、情状酌量の余地があるように思える。しかし、客観的に攻撃の意思があったかどうかの証明が難しい以上、明確な攻撃的な行動を示す肘鉄を食らわしたことはいただけない。今回、グリブコが失格処分となったことは仕方がないことだろう。

この事件を受けてか、ドバイツアーの主催者は翌日の第4ステージのコース短縮を決めた。正確には強風横風区間が予測される砂漠地帯を回避するルートに変更した。

砂漠地帯を走る中東のレースにおいては、横風区間の有無がレースの行方を左右する重要な要素となるため、丸々カットされてしまうのは正直残念だ。選手の安全を考えれば喜ばしいことなのに、スリリングな展開を期待している自分がいることは否めないジレンマを抱えている。

ドバイツアー第4ステージ、残されたアスタナの選手たちとキッテルたちとの間で、何事もないことを願って。

Rendez-Vous sur le vélo…

6 COMMENTS

アディ

ポジション争いの中でのアクシデントですが、やはり出血を伴う怪我を負わせてしまったらペナルティは免れませんね…
そしてグリブコのこの言葉
>集団内では選手全員平等であり、ポジションを守る権利も平等である。それは、有名な選手だからとか、新人の選手だからかどうかは関係ない。私たちはお互いに平等であることを尊重せねばならない

昔は選手の格や力量である程度のポジションは守られていて、新人や無名、格下の選手はおいそれと入り込んだり守れない風潮のようでしたが、やはり最近は変わったみたいですね
ただグリブコが言うように、ゴールから遠い場所での無用なポジション争いで集団落車の危険性があったのも事実であったろうし、新城幸也選手も時々口にする「選手同士のリスペクトが減り、集団走行時のテクニックがない選手や自分が自分がの選手が増えて、落車の危険性が増した」というのも現実なんでしょう

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アディさん

分かりやすく手を出してしまっては、処分に対しては何の言い訳も出来ませんよね。かと言って分かりにくくやり返すのも嫌ですけど…。

> 昔は選手の格や力量である程度のポジションは守られていて、新人や無名、格下の選手はおいそれと入り込んだり守れない風潮のようでしたが、やはり最近は変わったみたいですね

リスペクトがあることも大切だとは思いますが、競技上フェアであることも大事だと思います。有力選手がメカトラで遅れた時に、待つのはスポーツマンシップ溢れる行為だと思いますが、有力選手のために他の選手が不利なポジション取りを強いられるのは、また別の話かなと思いました。

今の時代は、ルールに明記されていない不文律と言った形ではなく、明確にルールに書くべきかなと思います。例えば「主催者権限でレースをニュートラル走行にすることが出来る」みたいな。ただ、こういったルール化も、また新たな揉め事を作りそうですけど…。

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こう

昔のレースの話を聞いてると、やはり有名選手は位置取り合戦である程度優遇されるものだったそうです。それは、強い選手に対してのリスペクトがあるから。

ある日本人選手がフランスのレースに出場し、チームエースの位置取りのために集団の前へ上がって行ったとき、他の選手達に顔を知られていないせいか、「邪魔だ、下がってろ!」と罵声を浴びてジャージを引っ張られたり幅寄せをされたそうです。
その日本人選手は後日、レースでいくつか勝つことになるのですが、勝って以降は集団前方で位置取りしても誰も文句を言わなくなったとか。
やはり強い選手へのリスペクトというものが集団内である程度の秩序をもたらしていたようです。

一方、最近のレースで落車が多くなってる理由に「選手間でのリスペクトが無い」ことを理由のひとつとして唱える選手が何人も居るのも事実。

プロになりたての若い選手が実績のある有力選手に対して位置取り合戦で一歩も引かない。有力選手は当然自分がそこにいるべき選手だという自覚もあるので同じく一歩も引かない。結果、絡んで落車。というふうに。

今回の件で言うなら、グリブコに他チームのエースでステージ優勝候補であるキッテルに対してのリスペクトがあれば少なくとも肘打ちまでは無かったと思います。
グリブコが言う「集団内ではみんな公平・平等」は一見間違いでは無いように思えますが、その考え方がかえって集団内で不要な位置取り争いを増やしてる原因になってるのかな。とも思うのです。

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こうさん、コメントありがとうございます。

昔のレースの話は、あまり聞いたことや調べたことがないので、とても興味深いです。

>一方、最近のレースで落車が多くなってる理由に「選手間でのリスペクトが無い」ことを理由のひとつとして唱える選手が何人も居るのも事実。
> プロになりたての若い選手が実績のある有力選手に対して位置取り合戦で一歩も引かない。有力選手は当然自分がそこにいるべき選手だという自覚もあるので同じく一歩も引かない。結果、絡んで落車。というふうに。

選手間のリスペクトが無くなっているのは、悲しむべきことなのか、時代の変化と受け入れるべきものなのか迷うところです。
少なくとも、選手間の認識の差が落車を引き起こしていることは事実なので、統一した見解が必要なのでしょうね。

> 今回の件で言うなら、グリブコに他チームのエースでステージ優勝候補であるキッテルに対してのリスペクトがあれば少なくとも肘打ちまでは無かったと思います。

優勝候補云々以前に、プロスポーツ選手としてリスペクトし合っていれば、肘打ちは無かったでしょう。しかし、キッテルも”わざと”肩で押し込んだことが事実なら、キッテルもグリブコたちへのリスペクトが欠けていたとも言えるかもしれません。その点を、「有名選手だとかネオプロだとか関係ない」と主張するグリブコの気持ちは分からなくもないのですが…。

> グリブコが言う「集団内ではみんな公平・平等」は一見間違いでは無いように思えますが、その考え方がかえって集団内で不要な位置取り争いを増やしてる原因になってるのかな。とも思うのです。

仰る通り、有力選手へのリスペクトがあれば、最近頻発している無用な落車は避けられるのだと思います。ですが、有力選手はリスペクトせよ、と言っても血気盛んな若手選手(※今回の件で言うとグリブコはキッテルより年上なのですが笑)には響かないのかなあとも思ってしまいます。

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蓮ぽとふ

最近のプロトンはモラル?低下が著しいですからね…
昔は有力選手が落車やパンクをすればみんなで待ったものですが、今はそれに乗じたアタックが容認されるご時世ですし。

ここ数年のプロトンに、そう言った秩序をもたらすのは、カンチェラーラクラスの選手でも難しいようです。
(いつだったか、彼が随分手を焼いてプロトンをスローペースにしていた事があったような)
2015のツールで大規模落車が起きた際、プリュドム氏の制止にプロトンが怒っていたのは記憶に新しいです。

なので今回の「選手は平等」という発言は、そう言った風潮を反映したものなのかもしれませんね。

でも結果的に手を上げてしまったらそちら側が処罰されるのは自明でしょう。
それにスプリンターの中でも超大物であるキッテルに怪我をさせてしまった事、プロトン内が選手は平等という空気でも、世論はグリブコにいい顔をしませんよね。

また(たぶん、未だ)スプリンターは有力選手の一声でグルペットが形成される事もあり、グリブコの理論がキッテルに通用するのかどうかも怪しいですね。

グリブコもアスタナにとっては重要なアシストでしょうし、ここは怒りを抑えて引き下がって欲しいものです。
何より、怪我をさせてしまったのは事実なわけですしね。
後に禍根を残さなければ良いのですが…

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蓮ぽとふさん

> 昔は有力選手が落車やパンクをすればみんなで待ったものですが、今はそれに乗じたアタックが容認されるご時世ですし。

この話を聞くと、どうしても2010年ツールでのアンディ・シュレクのメカトラ事件を思い出します。世論は間違いなくコンタドールが待つべきだったという論調で、待たなかったコンタドールに厳しいドーピングの追及へと繋がったのかなと思います。
リスペクト云々の前に、サイクルロードレースファンにとって、見てて気持ち良い・面白い展開にすることがプロの務めではないかと思います。それがスポーツマンシップやプロ意識ではないかと、わたしは考えます。

それゆえ、コンタドールのことをあまり好きではなかったのですが、昨年のブエルタでの走りは最高に楽しかったので、また好きになりました笑

> また(たぶん、未だ)スプリンターは有力選手の一声でグルペットが形成される事もあり、グリブコの理論がキッテルに通用するのかどうかも怪しいですね。

有力選手が含まれたグルペットにいればタイムアウトになっても失格にならないだろう、という利害の一致がそうさせているのでしょう。つまり、選手はみんな自分の都合を最優先しているとも言えます。プロスポーツである以上、自分の利益を最優先することは大事だと思いますが、有力選手であるというネームバリューを良いように自分の利益につなげているので、「みな平等」という意見は矛盾になりますよね。

> グリブコもアスタナにとっては重要なアシストでしょうし、ここは怒りを抑えて引き下がって欲しいものです。
> 何より、怪我をさせてしまったのは事実なわけですしね。
> 後に禍根を残さなければ良いのですが…

さすがに、禍根は残ってしまうように思えます。例えば、ジロなどでアスタナのファビオ・アルがメカトラで遅れた時に、ボブ・ユンヘルス擁するクイックステップが待たずに猛然と集団を牽いて、アルを置き去りにする、みたいなことになりそうな気がしてならないです…。

こういうことがあるので、あまりプロトン内に敵を作るような真似は止めた方が得策だと思うのです。対してフルームはそのあたりの外交もうまいなと、つくづく思います。(チャベスやポートと仲良しだったりするところが)

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