この若手が凄い!プロ4年目の元ラヴニール ポイント賞獲得者に注目すべき理由とは?

 2022年ツール・ド・フランスでは、3度逃げに乗り、いずれも逃げ切って区間4・5・4位と好走を見せ、総合20位で完走を果たした。22歳でツール初参戦の選手としては、期待以上の戦果をあげたといえよう。その期待の若手が、今季ツアー・オブ・オマーン第3ステージでプロ初勝利を飾った。それも、ライバルのクライマー・パンチャーたちをなぎ倒して圧倒的なパワーで勝利を収める素晴らしい勝ち方を見せ、第5ステージではより長い上りを区間2位でフィニッシュして総合優勝を飾った。その選手の名は、マッテオ・ヨルゲンソン。アメリカ人ながらスペイン籍のモビスターに所属する23歳の選手が、今回のコラムのメインテーマだ。

決してエリート街道ではなかった努力の人

 ジュニア時代の2016〜2017年頃、ヨーロッパでは目立った活躍がほとんどなく、2017年世界選ジュニアでは59位だった。それでも、プロになるためにはヨーロッパに行くしかないと考え、ヨーロッパの育成チームにひたすら自己紹介メールを送っていたそうだ。フランス籍の育成チームに対しては、フランス語を勉強してフランス語のメールを書いて送るなど、精一杯の誠意と努力を見せるものの、実績のない無名のアメリカ人に興味を示すチームはなかった。

 ならば国内の育成チームに行きたいと考えたものの、アメリカ籍の育成チームとして名門のハーゲンズベルマン・アクシオンから声がかかることはなかった。そうしたなかで、アメリカ籍コンチネンタルチームにして、日本のレースへの出場経験も豊富なジェリーベリー・マクシスのチーム代表であるダニー・ヴァンホーテから誘いがあり、加入が決定。

 迎えた2018年シーズン。ヴァンホーテの計らいもあり、ヨルゲンソンはヨーロッパ遠征の機会を得た。数少ないアピールの場で、ローヌ・アルプ・イゼール・ツアーという2クラスのステージレースで総合9位という結果を残した。そのタイミングで、改めてフランス籍の育成チームにメールを送ったところ、AG2Rの育成チームでもあるシャンベリーCFから「パワーデータを送ってほしい」との返事があり、翌シーズンからの加入が決まったのだ。

 トップチームのAG2Rがチームの国際化を進めている最中で、アメリカ人のラリー・ワーバスのAG2R移籍が決まったのも、この年の出来事である。トップチームの動きに連動して、シャンベリーCFでもアメリカ人選手を獲得して、英語を母語とする選手をフランス人若手集団に混じらせることは狙いの一つではあったとのこと。数少ないチャンスで結果を残して、ヨルゲンソンの預かり知らぬところでアメリカ人の需要が生まれていた千載一遇の機会を得たのだった。

 シャンベリーCFでは、勝利といったわかりやすい結果は出ていなかったものの、後にAG2R入りするクレマン・シャンプッサン、ニコラ・プロドムといったチーム内の有望選手たちに次いで多くのレースに出場する機会を得ていた。というのも、ヨルゲンソンはチームに溶け込むために、フランス語を猛勉強し会得。チームメイトとはフランス語で会話できており、チーム首脳陣やチームメイトからの信頼も厚かったとのこと。そして、若手登竜門レースとして名高いツール・ド・ラヴニールにアメリカ代表チームの一員として出場することとなった。

 序盤ステージでは着順にも逃げにも絡まず、第4ステージ終了時点でトップから2分47秒差の総合31位。スプリントポイントも山岳ポイントも持ち点ゼロと、何もない状況だった。しかし、第5ステージで3人の逃げに乗ると、道中のスプリントポイントを獲得しながら逃げ切りに成功。区間3位となるも、総合11位・スプリントポイント6位に浮上。さらに第6ステージ区間3位、第7ステージ区間6位、第8ステージ区間4位と丘陵ステージや山岳TTみたいなステージなどで区間上位を連発し、ついにポイント賞ランキング首位に浮上。第8ステージ終了時点で、ヨルゲンソン56点、2位のマティアス・ノルスゴー55点、3位のステファン・ビッセガー54点と、ポイント賞ジャージ争いが凄まじい接戦となっていた。

 続く第9・10ステージは、超本格的な山岳ステージとなり、ヨルゲンソンだけでなく、ノルスゴーもビッセガーも1ポイントも獲得することができず。変わって今大会で総合優勝することになるトビアス・フォスがポイントを伸ばして、ヨルゲンソンと並ぶ56点を獲得。同点1位ながらも規定によりヨルゲンソンがマイヨヴェールを獲得。

 ラヴニールの歴代ポイント賞受賞者は、もちろんスプリンターが多いのだが、ヨルゲンソンのように上りにも強いタイプの受賞者に絞ると、フィリップ・ジルベール、ロマン・バルデ、ワレン・バルギル、ジュリアン・アラフィリップなどの名前をあげることができる。つまり、ラヴニールポイント賞を獲得できるパンチャー・クライマーは出世する法則があるといえよう。この傾向だけでも、ヨルゲンソンに投資する価値を十分見出だせることだろう。

 そして、ヨルゲンソン獲得に動いたのはAG2Rではなく、モビスターだった。モビスターはチームの主力選手であるナイロ・キンタナ、リチャル・カラパス、ミケル・ランダらが一気に退団する非常事態に陥っており、チームの底上げだけでなくチームの国際化も同時に推進する方針に基づき、同チームにとって25年ぶりの在籍となるアメリカ人選手の獲得に至る。

モビスター加入後の3年間は鍛錬と悔しさを味わう日々

 プロ入りを果たした2020年。シーズン前のインタビューでは「モビスターのジャージを着て、アメリカ選手権を走ることが楽しみ」など、抱負を語っていたものの、コロナ禍に突入してアメリカ選手権への出場はできず。一方でヨーロッパでのレースシーズンが再開すると、ミラノ〜サンレモ17位、リエージュ~バストーニュ~リエージュ46位とモニュメントで完走果たすなど、早くもチームの主力の座を射止める活躍を見せていた。

 レースに向けたトレーニングに打ち込む以外にも、国際化を進めているチームとはいえ、スペイン籍のチームに所属する以上はスペイン語の習得も重要だと考え、語学勉強にも勤み、英語以外にフランス語とスペイン語を喋るトリリンガルとなった。やはりスペイン人スタッフも多いチームにおいてスペイン語を喋れることは有利に働くようで、チームはヨルゲンソンを将来のリーダー候補として高い期待を持って育成することとなっていく。

 2021年、パリ〜ニースにエースとして起用されると、総合8位と結果を残す。グランツール初出場となったジロでは総合98位で完走。ツール・ド・ポローニュ第8ステージは逃げ切るも区間3位、ツアー・オブ・ブリテン第7ステージでも逃げ切って区間2位と勝利まであと一歩のところで逃してしまう。初出場となったパリ〜ルーベでは100km以上逃げたうえで、65位完走。着実な成長は見えるものの、欲しい勝利に手が届かなかった。

 2022年、冒頭にも記述したとおり、ツールで3度の区間トップ5を記録するも、やはり勝利には至らず。プロ3年で未勝利と、チームの期待とは裏腹に結果には恵まれなかった。

 そして、2023年。ツアー・オブ・オマーン第3ステージで素晴らしいパフォーマンスを見せる。

 最終登坂区間で、アシストが残っていたにもかかわらず、自らペースアップを仕掛ける。ヨルゲンソンの加速をきっかけに、先頭集団は9人に絞られる。自分のペースで周りを確認する余裕のあったヨルゲンソンは、フィニッシュに向けて勝負の機会を伺いながら、4番手付近を走行。勾配の緩んだラスト200m付近。レイン・タラマエのアタックに反応する形で、一気に加速すると、ライバルたちを完全に置き去りにする異次元の加速でフィニッシュラインに到達した。

まだ集団が大崩れしていない13秒付近から、ヨルゲンソン自身が加速している点に注目してほしい

 第5ステージは、第3ステージ以上に長く厳しい上り区間での戦いが待ち受けている。第3ステージと同様に、ベテランのタラマエの積極的な走りにより、先頭はヨルゲンソンを含む4人に絞り込まれた。ラスト200mで、最終加速したヨルゲンソン。しかし、この日は総合2位のマウリ・ファンセヴェナントの素晴らしい加速が上回り、ヨルゲンソンは1秒差の区間2位となるも、ボーナスタイムを加味して、1秒差で総合優勝を決めたのだった。

 もちろん、この戦果を持って、ただちにワールドツアーのステージレースやグランツールで総合優勝を狙える存在だと言うつもりはない。今回のツアー・オブ・オマーンにはトップレベルのステージレーサーは不在だったからだ。今回参加していた選手たちは、グランツールにおいては山岳ステージで逃げ切りを狙うようなタイプの選手が多かった。そのなかで、ヨルゲンソンは、特に短いパンチャー向きの上りでライバルを振り切る力を持ちつつ、クライマー向きの長い上りにも対応でき、逃げを得意としていることは、グランツールで逃げ切り勝利を狙いやすいタイプだといえそうだ。

 2023年もツールへの出場が有力視されているが、それ以上に今季最大の目標に据えているのがパリ〜ニースだ。タデイ・ポガチャル、ヨナス・ヴィンゲゴー、サイモン・イェーツなどトップクラスのステージレーサーが集う場で、ヨルゲンソンの今の力がどこまで通用するか注目したい。

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