いまこそ底力を見せる時。ナセル・ブアニの反骨精神に火をつけろ!

ナセル・ブアニが自転車のトレーニングにボクシングを取り入れていることは有名な話だろう。オフシーズンにボクシングジムで数日間の合宿を行い、現役ボクサーのスパーリングパートナーを立派に務めるなど、ジムのコーチいわく「彼が本気でボクシングに取り組めば、軽量級のチャンピオンになれる」との腕前だ。

2014年オフシーズンのインタビューでは、「ボクシングは私の情熱で、自転車は私の仕事だ」とブアニは語っており、32歳で自転車選手を引退した後はプロボクサーを目指すという主旨の発言も残している。

そう、彼は根っからのファイターなのだ。

ボクシングでトレーニングをする効用として、「ラスト200mで全開のパワーを開放する前に自分の感情を支配することに役立っている」とも語っている。身長175cmと決して大柄ではない体格だが、自分より身体の大きなスプリンターたちを相手に互角以上の戦いを演じ、プロの世界で65個の勝利を積み上げてきた。

いまいちど、ブアニのキャリアを振り返ってみたいと思う。

幼少期からプロのキャリアまで

ブアニは両親はアルジェリア人だ。生まれも育ちもフランスで、ブアニ自身はフランス国籍を持っているが、ルーツはアルジェリアにあるといってもいいだろう。

自転車を始めたのは父親の影響だった。そして、ボクシングに魅了されたのも父親が元ボクサーだったからだ。子供の頃の憧れはローラン・ジャラベールといったフランスを代表する自転車選手ではなく、マイク・タイソンだ。

ボクシングに熱を入れていたブアニ少年が徐々に自転車競技に打ち込んでいくことになるのだが、その理由は単純に自転車レースで勝ちまくって楽しかったからだ。

ジュニア時代を駆け抜けると、21歳となった2011年にエフデジでプロデビューを飾る。プロ初戦となるガボンで行われたステージレースでいきなりステージ優勝をあげると、2012年はフランス国内選手権を制し、2013年はパリ〜ニースでのステージ優勝を含む11勝をあげた。

そして、2014年は再びパリ〜ニースでステージ優勝をあげた。しかもこのときは落車で左膝を負傷、脚が血まみれになりながらもドクターカーから貰った痛め止め薬を服用しながら勝利したのだ。

ジロ・デ・イタリアではステージ3勝をあげる活躍を見せ、ポイント賞を獲得。

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ところが、希望していたツール・ド・フランスへの出場はできなかった。

ブアニの代わりにエーススプリンターを務めたのはアルノー・デマールだった。デマールはブアニより1歳年下で、プロでのキャリアもブアニの方が1年長かった。当時のデマールの通算勝利数は22で、ワールドツアーでは3勝、ブアニの通算勝利数は27ながらワールドツアーでは7勝をあげていた。実績面ではブアニが上といえる状況だったが、チームはデマールをツールに起用した。

この処遇にショックを受けたブアニは移籍を決断。翌シーズンからプロコンチネンタルチームのコフィディスへと移籍した。コフィディスはほぼ毎年ツール・ブエルタへの出場が約束されていて、ワールドチームに劣らない戦力を持つ強豪チームだ。

移籍初年度は、クリテリウム・デュ・ドーフィネで2勝をあげる活躍を見せ、ツール・ド・フランスでは絶対的エースとして起用される予定だった。ところが、直前のフランス国内選手権で落車し、肋骨を痛めた。骨折の疑いがありつつもツールに強行出場したが、第5ステージで再び落車に見舞われリタイアを決断。何もできないままツールを去った。

結局、チームの勝利数の過半数を越えるシーズン11勝をあげる活躍を見せたものの、グランツールでは勝つことができなかった。

2016年シーズンになると、ブアニは自分をコントロールすることができなくなる。

パリ〜ニース第2ステージでは、マイケル・マシューズと激しく競り合いながらゴールスプリントを制するも、ブアニは斜行した上にマシューズに身体がもたれかかるほどの接触行為があり、降格処分となった。

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さらにクリテリウム・デュ・ドーフィネ第1ステージでは、アレクサンドル・クリストフに頭突きを連発するも、ブアニはレースに勝利した。数日前に他界したボクシング界のレジェンドであるモアメド・アリへの追悼の意を込めて、パンチを連発するポーズを披露した。一連のブアニの危険行為に対して具体的な処分は無かったものの、複数の選手からは「サイクリングはボクシングではない」などと批判を受けており、いよいよブアニの行動が問題視されるようになった。

極めつけはツール直前、宿泊先のホテルで酔っぱらいと乱闘騒ぎを起こし、ブアニは拳を負傷。直前でツールを欠場となってしまった。

サイクラシックス・ハンブルクでは、集団スプリントを制して優勝かと思われたが、ゴールスプリントでの斜行が認められ降格処分に。

最終的に同年は11勝をあげたものの、実績よりも頭突き、斜行、乱闘騒ぎなどに注目される一年となった。

そして、2017年は落車や頭突きなどのトラブルがないまま、ツール本戦を迎えることができた。ところが、第4ステージではデマールの斜行気味のスプリントにバランスを崩しかけ、第6ステージではデマールの同僚のジャコポ・グアルニエリが、ブアニに意図的にハンドルバーをぶつけられたことについて「あいつはバカで嫌なヤツだ」と非難(後にグアルニエリは言葉遣いが汚かったことを謝罪)。第10ステージでは最終スプリントに向けてのコーナリングの最中にクイックステップのリードアウトマンのファビオ・サバティーニをどついたことが咎められ、罰金と1分のペナルティーが科された。結局ツールではステージ優勝をあげることはできず、ステージ4位が最高順位というパッとしない結果に終わっていた。

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このシーズンは7勝にとどまり、さらにブアニをエフデジから獲得しチームの中心選手に据えてきたGMのイヴォン・サンケールが退任。後ろ盾を失ったことで、ブアニはチーム内での立場を失っていく。

新GMのセドリック・ヴァスールはブアニ中心のチームからの脱却を宣言すると、同じくフランス人スプリンターのクリストフ・ラポルトを重用し始めた。

コフィディスの移籍後、毎年欠かさず出場していたミラノ〜サンレモのメンバーから外されるなど、ブアニは冷遇される。さらにレースでも結果が出せず、5月まで未勝利というプロ入り以来最悪の不調に陥っていた。

一方のラポルトはステージレース・ワンデーレースともに好調で、5月までに4勝をあげていた。

そうしてエシュボルン・フランクフルトに出場したブアニは、集団から遅れた際にスポーツディレクターのロベルト・ダミアーニが「ブアニは置いていっていい」と指示したことに怒り、口論に発展。シーズン未勝利で不調の選手は、たとえブアニといえども特別扱いはしないとのことだが、ブアニのフラストレーションは頂点に達していた。ちなみにダミアーニは、新GMのヴァスールが連れてきた人物だ。

エシュボルン・フランクフルトから9日後、ダンケルク4日間レースの第3ステージでブアニは待望のシーズン初勝利を飾った。翌週のワンデーレースであるグロート・プライス・マルセル・キントでは終盤に落車しながらも勝利をあげ、さらにフランスの1クラスのステージレースで2勝をあげ、わずか1ヶ月で4勝をあげる復調ぶりを見せた。

ツール・ド・オクシタニーには、ラポルトと共に出場。第1ステージでブアニはラポルトのリードアウトを命じられたが、ブアニは指示を無視してスプリントに挑む。チームメイトと競り合いながらフィニッシュする異例の勝負となったが、ブアニがステージ優勝を飾った。

短期間に5勝をあげる活躍を見せたもののツールのメンバーには選ばれることはなかった。代わりにヴァスールが寵愛するラポルトが出場した。

そうして、ブアニはブエルタに出場することになった。

第3ステージで4位に入ったものの、第5ステージは40度近い気温に悩まされ集団から脱落。チームカーからボトルを受け取るフリをしながら、車に押してもらう、いわゆる”スティッキーボトル”が審判の目に止まり、ペナルティを受けた。ところが、一部メディアでは「ブアニが監督と口論し、チームカーを殴った」というフェイクニュースが流れ、チームとブアニ自身がそのニュースを否定する騒ぎがあった。

その翌日となる第6ステージ、ブアニはグランツールで久々のステージ優勝を飾った。最後はマッテオ・トレンティンの進路を塞ぐような格好となり、トレンティンに怒られていたが、とにかくブアニは勝ったのだ。

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こうして、ブアニという人物を振り返ってみると、逆境に非常に強く、自分が追い込まれたり、理不尽に思える仕打ちを受けたときに、凄まじい力を発揮できるように思える。

逆に自分にポジティブな期待が集まっているときは、それがプレッシャーに感じてしまうのか本来の自分をコントロールできずに暴力的な側面が表れてしまう。

新GMのヴァスールが、そんなブアニの特性を見抜いて、あえて冷遇していたのだとしたら相当な切れ者であるが、エフデジが純然たるフランス人のデマールを優遇し、ヴァスールが同じようにラポルトを優遇したとき、アルジェリアにルーツを持つブアニは何を思っただろうか。路上で実力で負かされるならまだしも、己の出自という変えようのない要素によって待遇に差が現れるのだとしたら、到底納得いかなかったことだろう。

そのような理不尽な状況下に追い込まれれば追い込まれるほどブアニは結果を残してきた。

ブアニは通算65勝でワールドツアーでは16勝をあげている。デマールはブアニより1年キャリア短いとはいえ通算56勝でワールドツアーでは9勝だ。ブアニは今季6勝でワールドツアーでは1勝あげているが、ラポルトは今季6勝でワールドツアーでは未勝利だ。

反骨の精神を持つ、いまのブアニは強い。

2 COMMENTS

アディ

「パンチャー」ブアニに関しては、これまでが厚遇で過ごしてきた印象なので「ようやく…でもまだまだ足りない」という実感しかありません(^_^;)
エフデジから弾かれてプロコンに行ったとはいえ、プロコンの選手としては破格の年俸とエース待遇、そして口出しパパも帯同しての「王様」という立場に見合わない成績ならば、チーム上層部もスポンサーも堪忍袋の緒が切れるわけで…無下に放出されずに更生の機会を与えられただけでも、結果が全てのプロ選手としては厚遇だったと思います
スプリンターとしては華奢な体格ながらも、それを補うフィジカルと闘争心は間違いなく一流なので、「勝利」というスプリンターにとって唯一の働きの証を得るために、ただの「吠えるだけの犬」で終わらないでほしいですね
30歳前後の同世代だけでなく、下からもどんどん良いスプリンターは出てきているので、年齢的にも本当にラストチャンスだと思います…

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サイバナ管理人

アディさん

以前、カヴェンディッシュがツールで落車リタイアした時に、かつての蛮行の報いだ!みたいなコメントが相次いだことを思い出します。

たしかにブアニは今まで色々とやらかしてきましたが、その都度批判にさらされて、社会的制裁を受けてきました。
彼が今後変わるかどうかは知りませんが、過去は過去として、いま死に物狂いで勝利を狙うブアニの姿は評価したいなと思うのです。
それに、ブアニを中心に据えるチームビルディングをしていたのは前GMの責任ですし…。

おっしゃるとおり瀬戸際なのは間違いないでしょうし、契約最終年となる来シーズンまでにもう一花咲かせないと、コフィディスだけでなく他のチームとの契約も難しいように思えるので、追い込まれたブアニがどこまでやるのか注目して見ていきたいです。

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