サンウェブアシスト通信Vol.5(終)〜31秒を生み出した弱き者たち〜

ナイロ・キンタナが残り1kmを切った時点で、トム・デュムランは勝利を確信した。

キンタナがマリアローザを守るために必要なタイムを記録するためには、残り1kmを1分で走らねばならなかった。
時速60キロを1分間維持することは、クライマーのキンタナにとってはほとんど不可能なことだ。

不安そうに画面を見つめていたデュムランから、笑みがこぼれ第100回大会のジロ・デ・イタリア覇者が誕生した瞬間だった。

思えば第20ステージまで、ライバル勢の猛攻を受け、総合4位まで転落していたトム・デュムラン。
だが、総合勢では頭一つずば抜けた走りを見せ、第2計測ポイントを通過した時点では既にマリアローザ奪還できるタイム差を築いていた。

しかし、キンタナは終盤に踏ん張りを見せた。
総合では31秒差でデュムランに逆転されてしまったものの、2分以上はデュムランから離されると見られてい個人TTで、1分24秒遅れに留めた。
ライバルのティボー・ピノ、イルヌール・ザッカリン、バウケ・モレマよりも速いタイムで、総合2位を死守した。

最後の最後で、キンタナの意地を見せつけられたような気がした。

モビスターは、チーム戦略に全く問題はなく、アシスト陣の働きも素晴らしく、ミスらしいミスは無かった。
だが、デュムランに31秒届かなかった。

もちろん、デュムラン自身の強さもあったが、戦前から層の薄さを指摘され続けたサンウェブアシスト陣の奮闘が無ければ、この31秒差は生まれなかったと思われる。

トム・デュムランがマリアローザを初めて着用した臨んだ第11ステージからの、サンウェブアシスト陣の働きをレポートする『サンウェブアシスト通信』もVol.5まで発行することが出来た。
しかし、今回が最終号となる。

21ステージに及ぶ、サンウェブアシスト陣の活躍ぶりを振り返りたいと思う。

千切れては追いついてまた仕事の繰り返し

サンウェブアシスト陣が弱いと言われる理由の一つは、登坂力に優れる選手が少ないことだった。

頼みの綱のウィルコ・ケルデルマンは第9ステージの集団落車のきっかけとなる、道路の端に停車していたモトバイクに激突してしまい、指を骨折してDNFとなった。
アシスト陣の中で唯一クライマーといえる選手を失ったことは、あまりにも痛かった。

第11ステージでは、サンウェブアシスト陣は登りで次々に遅れてしまう。
しかし、ダウンヒルで集団復帰を果たすと、次の登りでまた仕事をして千切れる。
ということを繰り返していた。

とても、あと10ステージ力が持つとは思えないような、全力のアシストぶりだ。
マリアローザを死守するために、サンウェブチーム全体の雰囲気も良く、アシスト陣のモチベーションの高さを感じられるステージだった。

第12ステージ以降も無難に乗り切り、第14ステージではデュムランの猛烈な登坂力を見せ、ライバルたちから逆にタイムを奪って見せた。
デュムラン強すぎる!
アシスト陣も着実な仕事ぶりで、ジロはサンウェブの圧勝で終わるかと思われていた。

クイーンステージでまさかのトラブル発生

チーマコッピであるステルヴィオ峠を通過するクイーンステージで、サンウェブアシスト陣は再び良い仕事をしていた。
1回目のステルヴィオ峠では、アシスト全員千切れる覚悟で集団を牽き倒した。
強力モビスターアシスト陣を粉砕するほどの走りを見せ、順調なレース展開を見せていた。

だが、歴史に残る大事件が発生してしまう。
デュムランのお腹が限界に達し、自然に呼ばれてしまったのだ。(※「Nature calls」でトイレに行くという意味だそうで)

思わぬ事態に、メイン集団から1分以上遅れてしまう。
前待ちしていたローレンス・テンダムが必死に集団復帰しようと、デュムランをアシストしたが、メイン集団に追いつくことが出来なかった。

決して脚が回っていなかったわけではないデュムランは、単独ながらマイペース走行に徹して、失ったタイムを2分程度に抑えることが出来た。

ところが、テンダムはこのステージ以降、本来の力を出せなくなっていた。
第16ステージで限界を越えてアシストしていた結果だったと思われる。

限界を越えてサポートするアシストたちと、疲労困憊のエースたち

第19ステージは、デュムランにバッドデーが訪れてしまった。
さらに、間の悪いのことに、モビスターやバーレーン・メリダが組織的な集団分断作戦を決行してきたため、サンウェブアシスト陣は追走に脚を使わされてしまった。

デュムラン自身も大きなダメージを負ってしまったため、最後の1級山岳の登りでは登り口から遅れを喫してしまった。

マリアローザの最大の危機で神がかった活躍を見せたのは、サイモン・ゲシュケだった。
ペースの上がらないデュムランの前に出て、猛烈な牽引を見せた。
そのスピードは、クライマーであるステフェン・クライスヴァイクを千切るほどだ。

その姿は、まさに鬼神のようだった。
もし、ゲシュケがいなかったら、デュムランはもっとタイムを失っていただろう。
結果的には、ゲシュケの鬼神の如き活躍がなければ、デュムランはマリアローザを獲得出来なかったかもしれない。

そして、デュムランの危機にライバルたちは積極的に攻撃を仕掛けることも出来なかった。
連日の激しい山岳バトルの影響で、キンタナもニーバリも疲労困憊だったのかもしれない。

それほどまで、キンタナやニーバリを追い詰めることが出来たのはデュムラン一人の力ではない。
山岳アシストが弱いと言われ続けたサンウェブであったが、山岳でのサンウェブアシスト陣の活躍なしに、デュムランのマリアローザは無かったと言えよう。

ポディウムで喜びを爆発させるサンウェブアシスト陣

個人TTでは、直接デュムランをアシストすることは出来ない。

とはいえ、ここまで20ステージでデュムランを献身的にサポートしてきた、サンウェブアシスト陣の想いは、デュムランを心強く支えたことだろう。
渾身の走りで、ステージ2位となり、逆転でマリアローザを奪還した。

総合1〜3位の表彰、総合優勝トロフィーの授与を経て、リタイアしたケルデルマンとフィル・バウハウスを除くサンウェブのチームメンバー全員がポディウムに上がった。

その喜び方を見ていると、やはりサイクルロードレースはチーム競技であり、どれだけデュムランの力が優れていようとも、アシスト無しで得られた勝利ではないと強く感じさせられた。
デュムラン様様、というよりは「俺たちの勝利だ!」という雰囲気だった。

アシストの力を最大限に発揮するためには、エースの人格・性格は非常に重要だ。
デュムランのあっけらかんとした明るい性格が、チームを一つにまとめたのかもしれない。

フィル・バウハウス、サイモン・ゲシュケ、チャド・ヘイガ、ウィルコ・ケルデルマン、シンドレショースタッド・ルンケ、ゲオルグ・プレイドラー、トム・シュタムスナイデル、ローレンス・テンダム、そしてトム・デュムラン。
今年のジロは、この9名全員で掴み取ったタイトルだ。
全員の働きがあったからこそ、わずか31秒の僅差でマリアローザをものに出来たのだ。

一人ひとりの力は弱かったかもしれない。
しかし、サンウェブは間違いなく最強チームだった。

デュムラン、そしてサンウェブの次なる偉大な目標は、ツール・ド・フランス制覇ではないだろうか。

ともかく、激闘を終えた今は束の間の休息を満喫してほしいと願う。
サンウェブアシスト陣、また会う日まで。

Rendez-Vous sur le vélo…

6 COMMENTS

いちごう

3週間、終わりましたね。

そしてデュムランのグランツール初優勝。
デュムラン個人の力が強かったのは事実ですが、組織力勝負の色合いが強い最近のレースでは、アシストの力抜きでは考えられなくなってます。

去年のジロを勝ったニーバリにはスカルポーニが居ました。

では、今回勝ったデュムランには…
少なくとも前評判ではケルデルマン以外、山岳で仕事ができる選手は居ないと見られていました。

が、実際には全員が、特にテンダムとゲシュケが彼ら自身の能力を大きく超えたスーパーアシストを披露してくれました。

最終ステージ、マリアローザを着たキンタナが予想を上回るスピードでTTを走り「マリアローザマジック」を発動させました。

デュムランがマリアローザを着てからのアシスト陣の奮闘を見る限り、「マリアローザマジック」は着てる本人以外にも発動するんだな〜と思いました。

彼らプロロード選手にとってさえ、3週間のステージレースを走り切ること自体、そんなに簡単ではありません。
ましてや自身の限界を何度も超えてアシストし続けたうえに、タイムアウトを逃れて翌日またスタートラインに並ぶ。
想像を超えた疲労度だと思います。

去年のジロに出場し完走した山本元喜選手、ジロ後しばらくの休養ののちレースに復帰しましたがそれでもジロのダメージが抜けずに全く本来の力を出すことができなくなっていました。

もしかしたら今回のサンウェブのアシスト陣の何人かはこんな風に体調を崩してしまうかも知れません。
プロの世界は厳しいので、もしこれからのシーズン中に期待される走りが出来なければ来年の契約が勝ち取れなくなってしまいます。

観てて感動すら覚える素晴らしい走りをしてくれたサンウェブの面々。どうかうまく回復してくれますように。

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サイバナ管理人

いちごうさん

本当にテンダムのゲシュケはスーパーアシストを見せてくれましたね!
もちろん、他のメンバーも欠かせません。

仰る通り、今後のレースへの影響は心配です。
アシストは十分な休みなく、別のレースへの出場を余儀なくされますからね。
ゲシュケやテンダムクラスの選手なら大丈夫と思いますが、
ルンケやヘイガといった選手たちは心配です。

仮に契約が取れなかったとしても、どこかのチームがジロでの献身的な働きを評価してくれればいいのですが。

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アディ

世紀の一大事件?があったデュムラン、戦前から一押しでしたがあの件でさらに勝って欲しくなりました!
シクロワイヤードの辻さんの記事http://www.cyclowired.jp/news/node/233664で面白いのがありました…各ステージで対デュムラン連合を組んでいたモビスター・バーレーン・エフデジ・カチューシャが非Velonのチームで、デュムランに協力的なトレック・オリカ・クイックステップ・もちろんサンウェブはVelonのメンバーだというのは非常に興味深かったです(笑)
大排気量のディーゼルエンジンのように、トルクフルに一定ペースで上りきってしまう走りは、最近では同じくTTスペシャリストからグランツールウィナーとなったウィギンスタイプですが、デュムランはウィギンスよりもさらに上り特性(耐性)があるように感じました
そしてはっきり言って「弱い」アシスト陣も、今回の貴重な経験がどんなトレーニングよりもかけがえのない財産となり力となったでしょう!チームとしてもさらによいサポート体制を整えて、気が早いですがデュムランの来年のツール出場を望みたくなりますし、対フルームの1番手に上がる事も期待させられます
しかし今回のキンタナの負け方、上りも平地もバランスよくアシストを配置して万全な体制を整えてながら、得意な上りステージで十分なリードを保てないまま最終ステージのTTで逆転された、2011年ツールのアンディを思い出してしまいました
戦った相手が同じくTT巧者でディーゼル型のエヴァンスだったのもその思いに拍車をかけました…
とにかく決して楽ではなかった中での劇的なジロ制覇、本当にデュムランに対してはおめでとうといくら言っても足りないくらいの敬意を表したいです!

P.S.ジロを見たあとにインディ500 を見ていたので寝不足です(笑)
佐藤琢磨の勝利にも乾杯!

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サイバナ管理人

アディさん

デュムランは、キャラクターも良いので応援したくなりますし、見てて楽しいですね!

辻さんの記事はわたしも見ました!
偶然とは思いますが、今後のレースでも微妙な遺恨を残しそうなので、頭の片隅に置いておきたいと思いました。

デュムランには、来年ツールに挑戦してほしいですね!
打倒フルームになるのか、再び打倒キンタナになるのかわかりませんが、新時代のエースを担う存在となってくれることでしょう!

p.s.佐藤琢磨のインディ500制覇は驚きました。
かつてF1で表彰台獲得した時も感動しましたが、インディ500はそれを遥かに上回る快挙ですよね。
そんな佐藤琢磨も、学生時代は自転車部でした。
つまり、グランツールで勝てる日本人もいつか誕生日がする!と無理やりこじつけておこうと思いました笑

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ブエルタの二の舞はごめんだ

帰りの電車でダゾーンを見始めると大抵アシストが既にいないデュムラン。なんで毎回アシストいないのだろう?軽い気持ちから検索して辿りついたサンウェブアシスト通信。
今回ジロを観る上で新たなエッセンスを与えてくれました。
ありがとうございました。

ツール観戦新参者より

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サイバナ管理人

ブエルタの二の舞はごめんださん

アシストが集団に残ってのには、必ず理由があります。
単純な力不足であることだけでなく、何かしら仕事をした上でいない場合もあります。

わたしも最初の頃は、そういったアシストの動きが全く分からなかったので、このような形で伝わって何よりです!

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