アブダビツアーを制したタネル・カンゲルトはアスタナのエースになり得るのか?

アラブ首長国連邦、第2の都市・アブダビ。

UAEはドバイが最も有名ではあるが、アブダビも観光の名所である。アラブのイメージ通りとも言える巨大なモスク、世界唯一のフェラーリのテーマパーク、アル・アインの文化遺跡群など、見どころは豊富だ。

アブダビ国際空港の利用者も年々増えていて、2017年のオープンに向けて新たなターミナルを建設中である。

ロード世界選手権の舞台となった、カタール・ドーハの周回コース『ザ・パール』をご覧になった方は、お気づきかと思われるが、多くの建物が建設中であった。カタール・ドーハと同じように、UAEのドバイやアブダビも同じく、様々な建物が建設中であり、中東の経済大国は飛躍的な発展を遂げている最中である。

アブダビツアーも昨年初開催され、今年が2回目だ。ちなみに、ドバイツアーは2014年から開催され、ツアー・オブ・カタールは意外と歴史があって、2002年から開催されている。

ツアー・オブ・カタールは、2017年シーズンからワールドツアーカテゴリーに昇格し、中東初のワールドツアーレースが行われることとなった。アブダビツアーとドバイツアーは引き続きHCクラスだ。

中東のレースの特徴の一つは、出場する選手が豪華であることだ。ドバイツアーは2月に行われるためシーズン緒戦として活用する選手が多いが、アブダビツアーはシーズン終盤も終盤、10月の下旬に行われる。もちろん、著しい経済成長のため、潤沢な資金があることも影響しているだろう。

今年はちょうど1週間前にロード世界選手権があった影響もあり、引き続き中東に滞在してアブダビツアーに参加する選手が多かった。

マーク・カヴェンディッシュ、フレフ・ヴァンアーヴェルマート、アンドレ・グライペル、マイケル・マシューズ、イェンス・ケウケレール、ジョン・デゲンコルブ、ジャコモ・ニッツォーロ、エリア・ヴィヴィアーニなど。

それだけでなく、グランツールを走る総合系の選手やパンチャーやクライマーも参戦している。

ヴィンチェンツォ・ニーバリ、ディエゴ・ウリッシ、トーマス・デヘント、アルベルト・コンタドール、ニコラス・ロッシュなどだ。

なぜなら、中東のレースでは珍しく山岳コースが設定されているからだ。第3ステージのフィニッシュ地点は標高1025m、登坂距離12.1km・平均勾配6%・最大勾配11%・獲得標高761mという立派な山頂フィニッシュである。スプリンターは遅れをとらずに登ることはまず不可能だろう。昨年の総合優勝もこのクイーンステージを制したエステバン・チャベスが初代王者に輝いた。

更に第4ステージは、F1のアブダビグランプリの開催地でもあるヤス・マリーナ・サーキットでの周回レースである。

このようにアブダビツアーはシーズン終盤かつ、中東のレースにもかかわらず、変化に富んだ見応えのあるステージレースになっている。

今年のレースは、カヴェンディッシュが世界選手権の鬱憤を晴らすかのように、ステージ2勝を挙げた一方で、総合優勝は第3ステージを制したアスタナに所属するエストニア人のタネル・カンゲルトが制した。チームメイトにニーバリという絶対的エースがいるにもかかわらずにだ。

第3ステージ、最後の登りでロッシュのアタックをカンゲルトがチェックした。そのまま、ニーバリを置き去りにしてカンゲルトはロッシュと協調しながらメイン集団を引き離しにかかった。

アスタナはなぜニーバリを置き去りにしてまで、カンゲルトにアタックさせたのだろうか。

ファビオ・アルとヴィンチェンツォ・ニーバリ

ニーバリは同じく中東の新チームであるバーレーン・メリダに移籍するが、カンゲルトは2018年シーズンまでアスタナと契約を結んでいる。

そして、チームのもう一つの顔であったファビオ・アルが絶対的エースとしてアスタナに君臨する予定である。更に、期待の若手クライマーのミゲルアンヘル・ロペスモレーノも控えている状況だ。

単純にニーバリが来年から別のチームに移籍するから、カンゲルトにはニーバリのアシストをさせずに先行させたという見方ももちろん出来る。

だが、筆者はもう少し深読みしたくなった。

ファビオ・アルが、来年のツール・ド・フランスは見送って、ジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャに集中するという報道があったからだ。

※参考:Aru to target Giro d’Italia and Vuelta a Espana in 2017

なお、今シーズンのアルは全く良いところが無かった。

2015年のブエルタで総合優勝して以来、とにかく良いところが無く、ツールでは第20ステージで大失速して総合6位から13位まで転落してしまった。期待が大きかっただけにガッカリしたファンも多かったと思う。

ロペスモレーノはツール・ド・スイス総合優勝という素晴らしい実績を引き下げて、初のグランツールであるブエルタに参戦したが、初日のTTTで落車したことがケチのつき始めで、結局第6ステージでリタイアとなった。

アスタナで最もUCIワールドツアーポイントを稼いだ選手は、ニーバリだった。次いで稼いだのはアルでもロペスモレーノでもなく、ディエゴ・ローザである。ローザはチームスカイへの移籍が噂されている。

※参考:イル・ロンバルディア2位のディエゴ・ローザは、来季チームスカイに移籍するらしい?

つまり、アスタナはこのままではプロコンチネンタルチームに降格もあり得るのである。ワールドチームを維持するためにはニーバリとローザに匹敵するほどの稼ぎ頭を育成する、または補強する必要がある。

仮にアルが報道通りにジロとブエルタに集中するのであれば、ツールは誰で総合を狙うべきであろうか。ロペスモレーノに過度の期待は禁物だし、来季は38歳になるミケーレ・スカルポーニに期待するのも酷な話だ。

そこで首脳陣が目をつけたのはカンゲルトである。

グランツールで安定した走りを見せているカンゲルト

これまで10回グランツールに参戦している。

総合の最高順位は2013年ブエルタの11位。だが、10回中8回は総合10〜30位の間で完走している。ニーバリやアルらのアシストをしっかりこなしながらも、着実に順位をキープする安定した選手なのだ。

今シーズンは好調を維持していて、ジロ・デル・トレンティーノではステージ2勝、ジロは総合23位、ツールは総合26位で完走している。ジロではニーバリを、ツールではアルとスカルポーニをアシストしながら、自身も総合20位台で完走していることは素晴らしい。

そこで、2017年のツールを見越して、アブダビツアーではカンゲルトにアタックさせたのではないかと思う。

人によっては、エースという責任を背負うと、途端に力を発揮出来なくなる選手も多い。根っからのアシスト精神を持った選手もいるからだ。

カンゲルトはこれまでのレースで、エースとして走る機会はほとんど無かったであろう。ステージ2勝したジロ・デル・トレンティーノにしたって、ニーバリとスカルポーニが出場していたため、アシストの一環でのステージ優勝だろう。アブダビツアー第3ステージの勝利によって、彼は人生で初めてリーダージャージに袖を通したのである。

リーダージャージを着て走った第4ステージの景色は、リーダージャージをアシストするために走っていた景色とは全く違ったであろう。ひょんなことで落車をしては大変だ、ハンガーノックに陥ったら台無しだ、他の選手のためにボトル運びをしなくていいのかと、違和感のあるレースだったに違いない。

これも経験である。無事に第4ステージを走りきったカンゲルトは、プロサイクリストとして新たな成長を遂げたことだろう。

2017年シーズンに30歳となるタネル・カンゲルトは、プロ人生で最も重要な局面に差し掛かっている。ここは一つ大勝負に出て、夢は大きくツールの表彰台を目指してみてはどうだろうか。

Rendez-Vous sur le vélo…

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