敗北した別府史之と小林海に見る、”プロフェッショナルの走り”とは?

ツール・ド・フランスを1週間後に控えた、6月の最終週は非常に忙しい。

スペイン、スイス、フランス、ベルギー、オランダ、イタリア、ドイツ、チェコ、スロバキア、オーストリア、ノルウェー、スウェーデン。
ヨーロッパ諸国を中心に、ナショナル選手権が開催されるからだ。

ほとんど同じ時間帯で開催されるため、全てのレースの動向をチェックすることは不可能だ。
とはいえ、翌週からのツールに向けて、最後の前哨戦となるので、各選手の状態を確認する作業は必要なのだ。

そして、日本でも同様にナショナル選手権が開催されていた。
正式名称は”全日本自転車競技選手権大会”。
今年の開催地は青森県の階上町だった。

今年の目玉選手は別府史之

総勢119名がエントリーした、男子エリートロードレース。
注目は何と言っても、ワールドツアーの舞台で戦う男。
トレック・セガフレードの別府史之だ。

全日本への出場は、2014年以来のこと。
かつて2006年はロード・TTの両方で優勝し、2011年も両部門制覇、2014年はTTのチャンピオンに輝いた。

圧倒的な実績・実力を持つ、優勝候補の筆頭だった。

しかし、強い選手が必ず勝つとは限らないのがサイクルロードレースの魅力の一つ。
フミはチームメイトが誰もいない中、単騎での参戦となった。

一方で、昨年のU-23王者の小林海を擁するNIPPO・ヴィーニファンティーニは、窪木一茂・中根英登・内間康平・小石祐馬ら5名体制で挑む。
さらに、UCIアジアツアーチームランキング1位のチームUKYOからは、畑中勇介・平塚吉光・平井栄一・菱沼由季典・徳田鍛造・徳田優・中井路雅ら7名。
ブリヂストンアンカーは7名、シマノレーシングは6名、宇都宮ブリッツェンも6名、マトリックスパワータグは8名もの選手を出している。

全日本は個人戦ではあり、所属チームによる人数制限は一切ない。
そのため、最終的にはチーム力がものを言う展開になりやすいのだ。

今大会は、ワールドチームのフミ、プロコンチネンタルのNIPPO、そしてその他チームという対立構造が浮き彫りとなるレース展開となっていった。

序盤で遅れを喫したフミの猛追劇

アクチュアルスタートを切った直後、ダウンヒルで集団落車が発生。
前年度チャンピオンのブリヂストンアンカーの初山翔は鎖骨骨折してリタイア、宇都宮ブリッツェンの岡篤志も鎖骨骨折、他にも有力選手を大勢含む波乱の幕開けとなった。

さらに、単騎参戦のフミも上りで遅れを喫してしまった。
何故遅れてしまったかの詳細はハッキリとしていない。
あくまで推測だが、その後のフミの走りを見ていると序盤であっさりと数十名から遅れをとるようなコンディションとは思えなかったので、パンクなどのトラブルがあったのではないだろうか。

遅れてからのフミの走りは凄まじかった。
時速40〜50キロに達するスピードで、長時間集団牽引することが出来るほどフミの巡航能力は高い。
得意の平坦路で追い上げ、坂はテンポで上ることで徐々に前方の集団との差をつめていく。

一方、メイン集団では、断続的にアタックがかかる状態が続いていた。
12周目の上り区間を利用して、NIPPOのマリノがペースアップを図るシーンも見られたが、集団を決定的に破壊するには至らず。
その後も強力選手を多く残しているブリヂストンアンカー、チームUKYO、シマノレーシングなどのチームが攻撃的な走りを見せ、激しい展開に持ち込む。

集団が20名ほどまで絞り込まれると、決定的な逃げが生まれる。
Jプロツアー年間ランキング1位に3度輝いたことのあるチームUKYOの畑中、序盤から逃げに乗っていたブリヂストンアンカーの鈴木龍、シマノレーシングの湊諒、乗鞍や富士ヒルで圧倒的な戦績を残している”山の神”ことイナーメ信濃山形の森本誠らが、集団からリードを築く展開に。

後方には、シマノレーシングのエース・入部正太朗、元全日本チャンプのマトリックスパワータグの土井雪広などが追走するも、NIPPOは誰も先頭・追走集団に選手を送り込めなかった。
NIPPOが仕事をした直後に、レースを激しく動かして流れを変えたようだった。

マリノは第2追走グループに取り残され、チームメイトも小石を残すのみとなり、厳しい状況に追い込まれた。

13周目、完全にペースダウンしていた第2追走グループに、忽然とフミが現れる。
とうとう前の集団に復帰を果たす。

ほとんどの区間で自らが先頭で風を受けながらも、再び勝負ができる位置へと戻ってきた。

先頭集団から畑中がアタック

序盤から逃げていた鈴木龍がペースダウンをしたためか、先頭集団のスピードが思うように上がらない。
スプリント力のある土井、入部らの合流を嫌って、フィニッシュまで残り30km近くを残して、畑中が単独アタックを決行した。
人数で勝るはずの後方集団とのタイム差を、ぐんぐん開いていった。

フミのいる第2追走集団は、主にフミ自身が集団を率いながら前を走る選手たちとの差を詰めていく。
時折、集団でローテーションしながら脚を休ませるものの、自分が不利になることなど一切考えず、ただ勝利すること=前に追いつくことだけを考えて走っているようだった。

いよいよ最終周回に突入する頃には、先頭で単独で走る畑中を除いて、すべての追走メンバーにフミは追いついた。
追いつくやいなや、再び集団からアタックを仕掛け、シマノレーシングの選手2人と共に先頭の畑中を追いかける。

フミは一貫して攻撃的な走りを緩めない。
ところが、ダウンヒルを攻めたフミは落車してしまう。

ここで万事休すか。
フミは左半身に擦過傷を負い、バイク交換も余儀なくされたが、集団には復帰を果たしたものの、大きなタイムロスとなり、畑中を捉えることはほとんど不可能となってしまった。

畑中はそのまま逃げ切って、自身初の全日本チャンピオンに輝いた。

最近いろいろあった奥様と娘さんと、抱擁しながら喜んでいた。
このシーンは非常にハッピーな情景だったので、例の一件もこれで手打ちでいいのではないか。[1] … Continue reading
新しい全日本チャンピオンを、慎ましく支えていただければいいなと思う。

メイン集団では最後の上りで、マリノがアタックを仕掛ける。
しかし、シマノレーシングの3人にチェックを許してしまい、いくらマリノと言えども攻撃を続けることは難しかった。

マリノをチェックしていた入部がアタックを仕掛け、ロングスパートを決めにかかる。
後方からは、再びフミが集団を率いてマリノら逃げを吸収していくと、そのままスプリントを開始する。

全210kmの区間の大半で、風を受けながら走っていたとは思えない抜群の伸びを見せ、集団の先頭を取った。
序盤の遅れ、ほとんど単独での追走、終盤の落車・バイク交換、というトラブルを乗り越え、2位という結果はさすがの一言に尽きる。

しかし、全日本はハッキリ言ってしまえば、2位以下の成績はあまり意味がない。
一応、UCIポイントは付与されるものの、フミはUCIポイントの獲得が目的で参戦したわけではないだろう。
全日本チャンピオンのみが着用を許される特別なジャージを持ち帰ること、そのただ一点だった。

フィニッシュの瞬間は、ハンドルを叩いて悔しがっていた。

フミとマリノのレース後のコメントに、強烈なプロ意識を感じた

レース後のフミは、単騎で他のチームに対抗する戦略を語っていた。

「平均スピードを上げる動きで対応しました。上りはテンポで上った、平坦は一定ペースを守り、なるべく他の選手の脚を削りたかった。逃げができても前との差を広げすぎず、大きな逃げを作らないように潰す動きを積極的に行いました」
(※『畑中勇介「勝利の確信はラスト500m」 最終周回で落車した別府史之は意地の走りで2位』より)

このコメントにゾクッとした。
フミが先頭でペースをあげても、後ろにつく選手たちは空気抵抗が軽減されることで、より少ないエネルギーで走ることが出来る。
つまり、”平坦路を一定ペース”で走って、後ろにつく選手たちにダメージを与えるためには、凄まじいハイペースでの走行が必要とされるからだ。

そのような走りが出来て、しかも210km走った後のスプリントで誰よりも先着できる。
恐ろしいまでのタフさ、異次元のスピード、そして勝負勘。
やはりワールドツアーの第一線で戦うフミの実力は段違いだった。

さらに、
「今回全日本選手権に出場する事にしたのは、口ばかり若い子が増えていると感じていたから。そして自分の走りを見せたかったから。本当は勝てれば良かったのですが、メッセージにはなったかなと思います」
というコメントも残している。
(※『全日本選手権ロードレース2017 男子エリートコメント集』より)

間違いなく強烈なメッセージを残したのではないだろうか。
一緒に走った選手だけでなく、見ているファンの心にも突き刺さるような強烈なメッセージだったように思える。

たとえトラブルがあったにせよ、段違いの実力差のあるフミを抑えて優勝した畑中も素晴らしい。
チーム力を活かして独走に持ち込んでからの30kmは、誰よりも速かったのは事実だ。
UCIアジアツアーを主戦場に戦うチームUKYOにおいて、全日本チャンピオンジャージをアジアにアピールする良いチャンスになるだろう。

そして、期待されていたマリノも不発に終わってしまった。
レース後にマリノは自身のTwitterでコメントを残していた。

わたしが印象に残ったのは、『悔しい』という言葉を使っていないことだ。
『プロの走りを出来なかった』 という一言に、マリノが目指すレーサー像の高さが感じられた。

ならば、「マリノはまだ若いから」というように、擁護することは失礼に値するだろう。
マリノにはとことん期待して、”有望な若手選手”ではなく”日本を代表する選手”の1人としてこれからもマリノの動向をチェックしていきたい。

通常のチーム戦とは異なり、チーム人数に差がある状況。
しかも同じ国籍の選手たちが、たった1枚のチャンピオンジャージを巡って争うナショナル選手権は独自の面白みがある。

と同時に、勝者と敗者がこれほどくっきりと分かれるレースも珍しい。
プロフェッショナルの本当の意味を、ファンに強烈に教えてくれるレースではなかっただろうか。

今年はオンデマンドで初めて中継を見ることが出来たが、来年以降もぜひ継続してほしいと強く願う。

References

References
1 と思ったのに、未だに自ら薪をくべて炎上を継続させている模様。ちょっと擁護できないなあ、これでは…。ナビゲーターって「右向け右!」と人をコントロールするのではなく、「右行ってみるのはどうですか?こんなに良いところですよ!」と自発的な行動を促すことが仕事だと思う。

2 COMMENTS

いちごう

フミのメッセージを若い選手達がどう受け止めるか、そこが今後日本人選手が海外で世界で活躍できるかのポイントだと思います。

ヨーロッパへ行って1シーズン或いは数ヶ月「走らせて貰って」本場のレースを知ったつもりになってる選手が何人か居ますよね。
「世界が云々」言えるのは、現役では新城選手と別府選手、それと土井選手だけだと思います。
実際、この3人に続く選手は誰一人出てきていません。

現在20代前半〜半ばの選手に、同年代の頃の新城・別府選手と同じポジションに居る選手が皆無というのは今後の日本のロードレース界にとって良いはずがなく、それを危機感として認識してる故の別府選手の発言・参戦だと思います。
それを汲み取って自ら手を挙げてくれる選手の出現を期待したいですね。

現在Jプロツアーを走る若い日本人選手のなかでヨーロッパでの経験がある選手は、本場のプロレースの戸口に立って、中を少し覗いて、匂いを嗅いだだけ。
そこから一歩、ドアの内側へ入れる資格を手に入れられるかどうか、普段Jプロツアーに居ないNIPPOの選手達がそのポジションに居る。という感じです。

また、近年はUKYOやマトリックスのスペイン人選手達が勝利を量産し国内レースシーンを席巻しています。彼らを見て日本のレース関係者が口を揃えて言うのは「日本の選手とはハングリーさが違う。」です。

そりゃ当たり前です。ヨーロッパのプロツアーの狭き門から一度は弾き出されはしても、再びその舞台に戻るためには日本だろうがどこだろうが勝ち続けてアピールするしかない。そして家族を食べさせていかなきゃいけない。
慣れない言葉と文化の国で成功を収めるにはハングリーさは絶対に必要。

新城・別府選手はもとより、それ以前の市川・橋川・三船・三浦・今中・福島・宮澤選手など、海外で認められ成績を残した選手達も慣れない土地での文化・言葉・レースレベルの差・時には人種差別などとも戦いながらレースを続けて鍛えられていきました。

一方、今日本でレースを走る日本人選手はどうでしょう。国内でトップと言われている選手達は?

日本で走るにしても、チーム連携で勝って「チームの勝利です」って(もちろんそれも大事な事ですが)それだけじゃなく、今回の別府選手や小林選手のように個の力を見せて戦って欲しい。
もし東京オリンピックを見据えている選手なら尚更。日本でそれが出来ない選手にオリンピックで海外勢と対等に戦うなんて無理です。
ほぼ唯一、国内でそれが出来ていた増田選手が病気治療のため不在なのも残念でした。早く治して戻ってきてもらいたいものです。

全日本選手権は「個」のレースという建て前ながら実際には他のレースと同じように「チーム力」でレースを展開してる以上、2013年の大分のようなチーム力の発動ができない地力がモノを言う厳しいコースでもない限り、別府選手や新城選手が単騎参戦しても国内チームの人海戦術に勝つのはとても難しいと思います。
今回の別府選手も、単騎の不利は承知の上での参戦だと思いますし、実際の強さを見ると落車が無ければ展開がどうなっていたか分かりません。
単騎で勝つのは難しくても、1人でレース展開を変える力は十二分にあるわけですから。

その人海戦術を行える国内チーム所属とは言え、今回勝った畑中選手の走りは立派でした。最後は自らの力を使って独走して勝った訳ですから。
もし牽制し合いながら、あるいは別府選手に牽かせたまま小集団でゴールに来て、国内選手がスプリント勝ちをするような結果だったなら、自分はJプロツアーのレースに興味を失ってしまったかもしれません。

それでもあえて一つ注文を付けたいのは、畑中選手と同様の走りを若い選手にこそチャレンジして欲しかった。
若い選手は失うものは無いんですから、どんどんチャレンジしてみるべきです。自分はそう思いますし、レベルの違いはあれど若い頃に出たレースではそうしてきました。

他チームに牽かせて自らは前に出ず、ゴールスプリントだけ参加して表彰台に上がり(それは戦略だから仕方ないとしても)、向けられたマイクに「今日はスローペースだったので〜」とかコメントしてる奴は、たとえ有名選手であろうと本当に張り倒してやりたくなります。(笑)

とまあ、国内選手への批判が多い文章になってしまい、レースファンのオヤジの野次と愚痴の羅列になってしまいましたが、それも若い人への期待の裏返しでもあります。

最近の日本国内のロードレースの盛り上がりが「アニメや漫画に影響を受けた一過性のブーム」で終わらないためにも、今後も海外で活躍できる選手の出現は絶対に必要なのです。

ただのオッさんである自分にその力が無い以上、力のある選手には期待してる訳でして。
果たして現役の若い選手達がこの文章を目にするのか分かりませんが、、、とにかく頑張れ!頑張って下さい!どうかお願いします‼︎

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サイバナ管理人

いちごうさん

難しいですね〜。
日本人選手全員が世界を目指しているとは限らないですし、目標もそれぞれでしょうからね。

ただ、わたしもいちごうさんの意見には同意でして、やはりやるからには世界を目指して欲しいですし、東京五輪でメダルを取れるような競技レベルまで高めて欲しいなと思います。

シマノレーシングが「名門のプレッシャー」というコメントを残していましたが、別府選手も新城選手もシマノレーシングの出身ではないわけで、過去の伝統とかにとらわれることなく、今までとは違う手法で強い選手の育成に乗り出してほしいなと感じます。
チームUKYOは、チームの器をまず大きくするために、日本人選手だけにこだわらず外国人選手も積極的に起用して結果を出しています。
結果として、UKYO所属の畑中選手が全日本王者になったのは、偶然ではないだろうなと感じています。
(まあ、畑中選手もシマノレーシング出身ですけど笑)

今すぐ結果が変わる話ではないと思いますが、別府選手の強烈なメッセージを受けて変化が現れることを期待したいです。

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