ブエルタ初勝利のマテイ・モホリッチ。”早熟の天才”なんて呼ばせない。

 サイクルロードレースのレースは、11月下旬まで続く。インドネシアのステージレースであるツール・ド・シンカラが11月26日まで行われるが、UCI公認レースとしてはこれが2017年の最終戦となる。

 ワールドツアーカレンダーのレースでは、中国で初開催される10月19日〜24日のツアー・オブ・広西が最終戦だ。ヨーロッパでは、10月17日のベルギーのワンデーレースであるスライティングスプライスが最後だが、多くのトップ選手たちにとっては世界選手権もしくはイル・ロンバルディアがシーズン最後のレースだというケースが多い。

 ブエルタ・ア・エスパーニャが開催される8月から9月というのは、もはやシーズン終盤戦にあたる。開幕戦となったオーストラリアでのツアー・ダウンアンダーに始まり、中東でのレースを経て、ヨーロッパでは比較的温暖なスペイン南部から徐々にレースシーズンが訪れ、3月から4月の春のクラシックレースで一つの区切りを見せる。5月にはグランツールのジロ・デ・イタリアが始まり、世界各地でのステージレース・ワンデーレースを経て、7月のツール・ド・フランスを迎える。8月のブエルタが始まるまでに、レースでの累計走行距離が10000kmを越えていることも少なくない。

 どれだけ超人的な選手たちでも、やはり蓄積された疲労は目に見えないところで影響を及ぼしていることもある。ブエルタでは、前評判に反して本領発揮できないままレースを終える選手も少なくない。だからこそ波乱を含み、観客にとっては見応えのあるレースになっているともいえよう。

 ブエルタ第7ステージの勝者は、マテイ・モホリッチだった。トーマス・デヘント、アレッサンドロ・デマルキ、ホセホアキン・ロハス、パヴェル・ポリャンスキーなど、ワールドツアーの第一線で活躍するトップ選手たちを置き去りにして、独走で逃げ切りを決めた。

Embed from Getty Images
 
 確かに、デヘントはツールで1000km以上逃げたりと今シーズン11000km近くレースで走っている。デマルキも2月頭からステージレースを中心に出場し続け、ブエルタはツールからの連戦で今シーズンのレース走行距離は11000kmを越えている。

 モホリッチはどうかというと、ブエルタ第7ステージ終了時点でのレース走行距離は12000kmに達している。これは、ブエルタ出場全選手のなかで、マキシム・ベルコフ(約12500km)、クーン・デコルト(約12500km)、サーシャ・モドロ(約12000km)らに次ぐ4番目の走行距離となっている。つまり、この日の逃げに乗っていた選手のなかで、今シーズン最もレース走行距離を走っている選手だったというわけだ。

 モホリッチは1月31日に開幕したドバイツアーでシーズンインし、春先はイタリアのワンデー・ステージレースを中心に出場し、アルデンヌクラシック3連戦にも出場。ジロ・デ・イタリアのメンバーにも選ばれ、ツール・ド・スイス、ツール・ド・ポローニュも走った。そして、ブエルタでは第7ステージで勝利を飾ったのだ。

 6月下旬のスロベニア国内選手権から、ツール・ド・ポローニュまでの約1ヶ月間を除けば、ほとんど毎週のようにレースに出場していた。さらにモホリッチの特筆すべき点は、出場したレース全てで完走していることにある。

 特にワンデーレースでは、レース中盤でメイン集団から遅れた場合に、グルペット丸ごと途中リタイアになることも少なくない。出場したレース全てでDNFまたは足切りに合わないよう、集団の前方でレースを展開し続けられる力が備わっていないと、全レース完走は不可能だ。

 モホリッチは22歳と非常に若いにもかかわらず、それだけの力が備わっている、まさに逸材だ。

 しかし、今日まで順調なプロ人生を歩んできたわけではない。

ジュニア、U23の元世界チャンピオン

 2012年世界選手権ではジュニアロードチャンピオンに輝いた。オランダ・リンブルフで開催されたレースで、2位にはカレブ・ユアンが入っている。つまり、ユアンをスプリントで下したものと思われる。

 翌2013年には、イタリアで開催された世界選手権に出場し、18歳ながらU23ロードチャンピオンとなった。この年のU23世代は非常に逸材が揃っていた。トップ10の順位を見てみると、

1位 マテイ・モホリッチ(スロベニア、現UAEチームエミレーツ)
2位 ルイス・メインチェス(南アフリカ、現UAEチームエミレーツ)
3位 ソンドレ・ホルストエンゲル(ノルウェー、現AG2R)
4位 カレブ・ユアン(オーストラリア、現オリカ・スコット)
5位 トムス・スクインシュ(ラトビア、現キャノンデール・ドラパック)
6位 ダヴィデ・ヴィレッラ(イタリア、現キャノンデール・ドラパック)
7位 ディラン・ファンバーレ(オランダ、現キャノンデール・ドラパック)
8位 シルヴィオ・ハークロッツ(ドイツ、現ボーラ・ハンスグローエ)
9位 ジュリアン・アラフィリップ(フランス、現クイックステップ・フロアーズ)
10位 パトリック・コンラッド(オーストリア、現ボーラ・ハンスグローエ)

 というように、トップ10の選手全てが、今年ワールドチームで走っているというエリート揃いの黄金世代だというわけだ。11位以降にもイェーツ兄弟やジャスパー・ストゥイヴェンなど、名前を挙げるとキリがないほどに、現在ワールドツアーで活躍している選手が数多く揃っている。

 モホリッチは、このレースでは、終盤の激坂区間で飛び出したアラフィリップに単独でブリッジをかけて、そのままアラフィリップを置き去りにして独走に持ち込んで勝利を収めた。その際、ダウンヒルでトップチューブにまたがりながら、ペダリングする通称『宇宙ダウンヒル』を世界で初めて披露したとされている。

※動画でもどうぞ。宇宙ダウンヒルを披露するのは、6:12付近。

 クリス・フルームが昨年のツール・ド・フランスで披露して、そのスタイルが一躍有名になった感はあるが、3年前にモホリッチが編み出していたということになる。

同世代の活躍を横目に、ようやくあげた大きな勝利

 2014年からモホリッチは鳴り物入りでワールドチームのキャノンデールに加入する。初年度からいきなり、12000km近いレース距離を走り抜いたものの、ワールドツアーの壁が立ちはだかり、目立つような成績を残すことはできなかった。

 2015年も同じく、印象に残る活躍ができないまま、初出場となったブエルタも第6ステージでリタイア。ジャパンカップで来日し、6位入賞を収めたことが、当時はプロとして最も活躍した場面だったといえよう。

 2016年は、ランプレ・メリダへ移籍したが、なかなか活躍はできず、シーズン最終戦のツアー・オブ・ハイナンでようやくプロ初勝利をあげることができたものの、2017年はブエルタまで印象に残る活躍はできず仕舞いだった。モホリッチは早熟の選手なのではないか、そのような声が上がることもあった。

 一方で、同世代の逸材たちはプロの舞台で飛躍していった。

 ユアンは2015年にはシーズン11勝をあげ、ブエルタでもステージ優勝を飾るという最高のプロデビューを果たし、今日までに通算23勝をあげている。アラフィリップは、2015年にリエージュ~バストーニュ~リエージュで2位、2016年ツアー・オブ・カリフォルニア総合優勝、2017年パリ〜ニース第4ステージ優勝など、もはやチームのエースというべき活躍を見せている。

 とりわけ、同い年でジュニア・U23で打ち負かしたユアンが大ブレークを果たしていることは、モホリッチにとって見過ごすことはできなかっただろう。

得意の独走に持ち込んで、グランツール初勝利

 だからこそ、ブエルタではアグレッシブな走りを貫きとおした。

 第5ステージでも逃げに乗り、最後まで攻めの走りを見せてステージ4位。そして、第7ステージでは、石畳区間を前にして集団から飛び出すなど、とにかくアグレッシブな走りを見せ続け、終盤の下り区間では得意のダウンヒルスタイルでライバルを置き去りにした。数キロの独走の果てに、念願のステージ優勝を飾ったのだ。

 年間12000kmを走っていたこと。デヘント、デマルキ、ロハスら強力なトップ選手との勝負に勝ったこと。誰よりも攻撃的な走りだったこと。モホリッチは、一流のトップ選手たちと何ら遜色のない見事な勝ち方を収めたのだ。偶然ではない、モホリッチの実力が発揮された勝利なのだ。

 ユアンやアラフィリップたちに、この1勝で追いついたとは思わない。

 すでに12000kmを走り、ブエルタを完走すれば14000kmを越え、9月のレースや世界選など出場すれば15000kmを越える可能性もある。これだけの力を22歳ながらに持っている点は確かに早熟といえるかもしれない。

 だが、モホリッチにはそれ以上のポテンシャルの高さを感じる。現時点では春のクラシックのようなワンデーレースで、活躍できるような脚質を持っているように見えるが、一体どんな選手になるのか想像もつかない。

Embed from Getty Images
 
 モホリッチは”早熟の天才”ではない。彼自身が、それを証明するためにこれからも攻撃的な走りで魅せてくれることだろう。

 Rendez-Vous sur le vélo…

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)