圧倒的な個の力を封じる、飛車落ちのクイックステップが採用した芸術的戦略とは?

以前はE3ハーレルベーケ、E3ビンクバンククラシックという名のレースだったE3サクソバンククラシック。1週間後に迫ったロンド・ファン・フラーンデレン前哨戦として、極めて重要な一戦だった。

ドゥクーニンク・クイックステップは2018年にニキ・テルプストラ、2019年にゼネク・スティバルが同レースを制覇しており、チームとして連覇を果たしていた。昨年はコロナ禍の影響で中止となったため、2021年大会はディフェンディングチャンピオンとして臨むこととなった。

クイックステップの北のクラシックの戦い方はエースを固定せず、一人ひとりがウルフパックとしてチームワークを駆使して、勝利を狙うものだ。しかし、テルプストラ、フィリップ・ジルベール、ボブ・ユンゲルスなど、ウルフパックの軸となる存在が次々と移籍。次のデータが示すとおり、2017〜2019年頃に比べると明らかに弱体化していることが分かる。

クイックステップのワールドツアーのワンデーレース勝利数
2012年:4勝(50勝)
2013年:0勝(54勝)
2014年:1勝(61勝)
2015年:2勝(54勝)
2016年:0勝(54勝)
2017年:3勝(56勝)
2018年:7勝(73勝)
2019年:10勝(68勝)
2020年:2勝(39勝)
※()内はチーム全体でのシーズン勝利数

2012年はトム・ボーネンがロンド・ファン・フラーンデレン優勝を含む4勝すべてをあげていた。また、2013年以降は最多勝チームであるにもかかわらず、2013〜2016年にワールドツアーのワンデーレースで勝利した数は6つのみ。2016年に引退したボーネンが力を落としたことで、チーム全体として空回りする状況が続いていた。

2017年からジルベールが加入したことで、ウルフパックの基礎が築かれ、2019年にはワールドツアーのワンデーレース、21レース中10勝をあげる、天下無双の最強集団となっていた。

しかし、ジルベールが抜けた2020年は、マチュー・ファンデルプールとワウト・ファンアールトの台頭に加え、ヤスパー・ストゥイヴェン、マッズ・ピーダスンを軸としたトレック・セガフレードの復興もあり、中止レースを除いた11レース中2勝に留まった。また、2017〜2019年は毎年モニュメントで勝利していたが、2020年はモニュメント未勝利だ。

そこで、アルカンシェルを着るジュリアン・アラフィリップという強烈な個性を北のクラシック班に加えた。アラフィリップを中心に据えることで、アラフィリップの唯一無二の突破力を活かした攻撃的な走りを、持ち前のウルフパックの連携で補うフォーメーションを築き上げたのだ。

しかし、ティレーノ~アドリアティコ、ミラノ〜サンレモと転戦したアラフィリップはロンドに向けて休養を選択。クイックステップは飛車落ちの戦力でマチューやワウトを相手にE3を迎えることとなったのだ。

クイックステップのE3出場メンバーは次のとおりだ。

1 ゼネク・スティバル
2 イヴ・ランパールト
3 ティム・デクレルク
4 ダヴィデ・バッレリーニ
5 フロリアン・セネシャル
6 ベルト・ファンレルベルヘ
7 カスパー・アスグリーン

スプリント力の高いバッレリーニは、マチューやワウトに真っ向から対抗できる実力者であるものの、強烈な激坂石畳坂が連続で登場するE3で最後まで生き残ることはなかなか難しい。バッレリーニは基本的に集団に待機して、集団スプリントになっても構わない、という抑止力になる存在だった。

そして、デクレルクとファンレルベルヘはアシスト専門の選手だ。となると、残りはスティバル、ランパールト、セネシャル、アスグリーン。この4人がこの日のクイックステップの攻撃面を担うこととなる。

この4人は優れた選手とはいえ、個々の能力だけを比べると、マチューやワウトにとても対抗できる選手とはいえない。もし普通に1対1のスプリント勝負に持ち込まれたら勝ち目はないだろうし、激坂登坂勝負に持ち込まれても相当分が悪いだろう。

したがって、クイックステップは4人を中心に、マチューとワウトとの真っ向勝負を避けるべく、戦略的に戦う必要があった。

真っ向勝負を避けたいクイックステップがよく採用する戦略は徹底的な先制攻撃である。2017年ロンドでは、残り100km地点で攻撃を仕掛け、残り55km地点からジルベールの独走に持ち込んで勝利した。このときもペテル・サガン、グレッグ・ファンアーヴェルマートといった強豪との真っ向勝負を避ける戦略が見事にハマっていたといえよう。

E3でもクイックステップは残り80km地点からメンバー総出でペースアップ。まるでチームタイムトライアルのような迫力で、アシストのファンレルベルヘとデクレルクをここで使い切る本気の攻撃で集団を分断した。にワウトに対しては、一時的にアシストを全滅させ、さらにワウトがメカトラでストップを余儀なくされたこともあり、ワウト自身とアシスト陣に重大なダメージを与えることに成功した。

続いて残り67km地点で、残ったクイックステップのメンバー総出で再度のペースアップ。セネシャル、スティバル、アスグリーンと順に加速して、アスグリーンが独走に持ち込むことに成功。

2020年クールネ〜ブリュッセル〜クールネでも逃げ切りを成功させているアスグリーンは集団の脅威であったが、各チームのアシスト陣は集団内にあまり生き残っておらず、組織立ってきっちり追える・コントロールできる状況下になかった。そのような混沌とした状況を生み出したのは、他ならぬクイックステップである。4人の連携から集団を破壊し、最も独走力の高いアスグリーンが逃げている状況は、理想的な展開だった。

すると、残り57km付近でマチューとワウトが共に飛び出しを図り、残り42km地点では激坂区間を利用して再びマチューとワウトたちが抜け出す。もちろん2人の動きは集団内にいるクイックステップのメンバーが対処。ランパールトはメカトラで脱落してしまったものの、ワウトやマチューのいる追走集団内にはセネシャルとスティバルが健在だった。しかも、この集団にはアシスト的な選手はほとんど残っておらず、エース級の選手たちが自ら脚を使わざるを得ない。

この集団内でのスティバルとセネシャルの動きについて少々補足を加えたい。マチュー、ワウトのほかに、ファンアーヴェルマート、オリバー・ナーセン、アントニー・トゥルジスといった北のクラシックで表彰台経験のある強豪揃いの集団だった。スティバルとセネシャル2人でこの猛者どもを抑えるには、頭数が足りないように思われる。

5人の猛者がどう動くか考えてみたい。ナーセンとファンアーヴェルマートのAG2Rコンビは危険な存在だ。チームワークを駆使して、どちらかが抜け出しを図る可能性は十分にある。したがって、ナーセンとファンアーヴェルマートはマークしなければならない存在だった。

マチューが動けば、100%ワウトも動く。ワウトが動いても、当然マチューも動くだろうし、他の選手たちも追随するだろう。したがって、マチューとワウトに対して、1人マークをつけておけば、マチューとワウトを同時にチェックすることができる。トゥルジスは最悪、単独で抜け出されて仮に先頭に追いついたとしても、スプリント力の高いアスグリーンならば1対1でも十分に倒せることができる。

ということで、ナーセンとファンアーヴェルマートにはセネシャルが。マチューとワウトにはスティバルがマークを担当していた。スプリント力の高いセネシャルならば、AG2Rコンビを抑えることは可能だろう。問題はマチューとワウトの全開アタックに対して、スティバルが対応できるかどうかだ。2人のアタックに振り切られるようでは、ここまで積み上げてきたクイックステップの戦略が破綻することになりかねない。

スティバルがマチューとワウトの本気のアタックについていけるかどうか。このレースの分水嶺となる局面を迎えつつあった。

残り20kmを切ってから登場する、最後の激坂区間。最初に動いたのはワウトだった。それまでとは一線を画すワウトの加速に、すかさずマチューが反応。ワウトが加速を緩めた瞬間、今度はマチューが全開のアタックを決行。この刹那、反応できずに遅れたワウトを一瞥することもなく、スティバルは首を左右に振りながら全力でもがいて、マチューのアタックに食らいついた。この日の勝因を一つだけあげるとしたら、私はマチューにスティバルが食らいついた瞬間であると推したい。

諦めたマチューに、やや遅れてAG2Rコンビが追いつく。もちろんセネシャルは、自分の任務を全うし、ファンアーヴェルマートの背後にピタリとついていた。

この追走集団は残り13km地点でアスグリーンを捉えたものの、アスグリーン、スティバル、セネシャルと3人で数的優位を築いている状況。このまま集団スプリントに持ち込ませず、どこで最後のアタックを仕掛けるか、というタイミング勝負に持ち込むことができた。

そのタイミングは残り5km地点。集団後方で力を溜めていたアスグリーンが、中央分離帯を利用してマチューたちと逆の車線から猛加速。ライバルたちは皆棒立ちして、見送ることしかできなかった。

50km近く独走していたアスグリーンにこれほどの力が残っていたとは、マチューやAG2Rコンビも予想していなかっただろう。結果的に虚を突いたアスグリーンのアタックによって、マチューたちにトドメを刺すことができた。

そうして、アスグリーンが独走でフィニッシュ。2位争いのスプリント勝負ではマチューに分があるかと思いきや、セネシャルが差し切って2着に。80km近くにわたって、クイックステップのチームワークでマチューを痛めつけた結果、最後はセネシャルでも(彼はスプリント力が高い選手ではあるものの相手は怪物)マチューを上回ることができた。

アラフィリップ抜きでも、クイックステップはマチューとワウトを完封できることを証明した。次にマチューとワウトが揃うレースはロンドとなりそうだ。アラフィリップを加えたクイックステップのチーム力が勝るか。それとも、やはりマチューとワウトの圧倒的なフィジカルが勝るのか。北のクラシックのグランドフィナーレを見届けねばならない。

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